■ ハイドン交響曲 104番ニ長調「ロンドン」

  1795年作曲、おそらく1795年5月4日、ハイドンの慈善コンサートで初演。フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732−1809)は50年余 にわたり、エステルハージ公爵家に仕えた宮廷音楽家でした。ウィーンから遠く離れたハンガリー平原のエステルハーザで、楽長として、孤立と繁忙のなかで、様々な音楽上の実験と革新を行いました。1780年代には、ハイドンの曲はロンドン、パリ、ウィーンの出版社から出版され、遠くスペインからも作曲依頼が来るようになりました。

  1790年にニコラウス・エステルハージ侯が世を去ると、興行師ザロモンに請われて1791〜92年と1794〜95年の2度にわたりロンドン公演 を行いました。そ のために書かれたのが、交響曲第93番から第104番にいたる「ザロモン(ロンドン)交響曲」です。ザロモン交響曲は第94番「驚愕」、第100番「軍隊」、第101番「時計」、第103番「太鼓連打」、第104番「ロンドン」と、呼び名がついた名曲揃いです。ハンガリーでの彼の楽団は13〜20人でしたが、ロンドンの楽団は、フルート、クラリネット、トランペット、ティンパニを含めて40〜60人規模に拡大し、ダイナミクス変化が巧みに用いられ演奏効果を上げています。

 最後の交響曲第 104番「ロンドン」は、ハイドンの交響曲の頂点であり、18世紀の交響曲の結論ともいえるでしょう。「交響曲の父」「パパ・ハイドン」といった言葉を思い浮かべてハイドンの音楽に耳を傾けると、そのイメー ジと実際の音楽の間にいくぶんギャップを感じます。しかしその微妙な「ギャップ」「ぶれ」「多様性」のなかに、ハイドンの現代性を読み解くヒントがあるの かもしれません。

第 1楽章 ユニゾンの荘重な序奏部のあと、アレグロで主題がパラフレーズさ れ、転調しながら進行する。

第 2楽章 中間部が短調になった三部形式の緩徐楽章で、最初の旋律が様々に変奏されてゆく。

第 3楽章 宮廷風の華やかなメヌエットにドイツ舞曲風トリオが続く。

第 4 楽章 第一主題はクロアチアの民謡から採られたといわれる。音階の形で駆けまわるパッセージや、農民舞踊風の要素を含む生気にあふれた曲。全体は正規のソナタ形式になっている。

(Onishi)