ワーグナー  歌劇「タンホイザー」序曲

 ワーグナーのオペラのスコア(総譜)は、どれも電話帳みたいに分厚く、重い。もしかするとすべての作曲家のなかで、ワーグナーがいちばん音符をたくさん書いているのかもしれない。オーケストレーションに厚みがあるのも、彼の音楽が「荘厳」と表現されるのも、そのためかもしれない。それにしても、ワーグナーを演奏するのは至難の業だ。彼は、演奏する者のことは全くおかまいなしで、オーケストレーションは、私たちの想像を遥かに越えている。

 歌劇「タンホイザー」序曲は、クラリネット、ファゴット、ホルンによる「巡礼」のテーマで始まる。後にこのテーマは管楽器によって音量を増し、その間、ヴァイオリンのおびただしい数の16分音符が延々と続く。よくもこれだけ、懲りもせず音符を書けたものだと感心する。音符がオセロの黒駒だとしたら、圧倒的に黒の勝利である。

「タンホイザー」の正式な名称は「タンホイザー、およびヴァルトブルクの歌合戦」。タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦の2つの伝説を、ワーグナー自ら書いた台本によって結び付けたものである。曲の完成は1845年、ワーグナー32歳の時であった。それまでのオペラが音楽優先で、物語はつまらないものばかりだと考えたワーグナーは、自分のオペラの台本をすべて自分で書いている。

 ワーグナーのオペラの根底には、女性による救済という思想がある。「タンホイザー」では、官能的な愛の世界とキリスト教の禁欲の世界との板ばさみとなった騎士タンホイザーの苦悩と、清純な乙女エリーザベトによる救済が描かれている。序曲には、「巡礼」のテーマの他に、「悔悟」「快楽」「ヴィーナス讃歌」のテーマが次々に現れる。

「ワグネリアン」とは、いわゆる熱狂的なワーグナー・ファンをいう。ワーグナーの音楽は非常に癖があり、アクが強い。しかし、いったん好きになってしまうと、そのしつこさが快感に変わるという。そうなると、あなたもワグネリアン!  

(ヴァイオリン Peachwine)